読書感想文⑩ 俵万智『サラダ記念日』
1週間の加速度がすごい。
昨日、1カ月がはっやいというお話をしたところですが、気づいてしまったのです。
1カ月どころか、1週間めちゃくちゃはやい。加速度的にはやい。
そのくせ、
月曜火曜水曜木曜までは死ぬほど遅い。
気が遠くなる。
到達点が見えない。
ツイッターか何かで、
目が覚めたふとんの中でもうすでに帰りたい。と思う。
というのを見たかけたときは、震えあがりましたよ。共感で。
ワタシ、コレ、イイタカッタ……!
え、今日まだ火曜?木曜ぐらいの疲れなんやが。
と、何度つぶやいたことやら。
こう見ると、やはり、週のピークは木曜であり、疲れのピークは木曜にやってくるのである。
そんな混沌の4日間が過ぎると、あとは一気に加速ですよ。
週末の心地良い疲れが癒される間もなく、また月曜日。
これをたったの4回繰り返すのが1カ月と考えたら、そりゃあはっやいわ。
そんなこんなで、金曜の夜です。
世間は華金ですね。
俵万智『サラダ記念日』。
高校の頃、ある先生が授業のはじめに毎回本を紹介してくれていました。
先生が紹介してくれた本、ほとんど読みました。
その中の一冊を本日の感想文とします。
次の短歌を完成させてみよう。
と、黒板に最後の5文字が虫食いの短歌。コツコツと先生のくせ字が並ぶ。
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいる〇〇〇〇〇
ただの5文字。
されど5文字。
何が入るんだろう。
頭の中はたくさんの5文字ですぐにパンクだった。
答えを聞いたクラスは、ああ〜〜! と大いに湧きました。
特に、女子はきゃあきゃあ言っていたような。
誰が「寒いね」と言ったか、
誰に「寒いね」と言ったか、
明らかにされていないにもかかわらず、その三十一文字に宿るのは、間違いなく恋人の「あたたかさ」。
俵万智さんの繊細でありながら大胆で情熱的な愛がたったの三十一文字にしたためられた、『サラダ記念日』。一瞬で落ちました。
部活後の帰り道に駅前の本屋さんで、即購入したものです。
しかし、読んでみると、「あたたかさ」ほどにグサッとギュッとくるものは感じられなかったのです。
そのころは。
『サラダ記念日』の本当の良さがわかるようになるのはまだまだだと思うのです。
なぜか。
人生23年のぺーぺーには知り得ない、人と人の複雑にからまりあう関係があればあるほど、一首ごとに想起される思い出が濃いのだろう、と。
実際、高校の頃はさらっと流し読みしていたものに、なぜか引っかかり、羅列した三十一文字をまじまじと眺めてしまっていたりするんです。
人は人と出会うことによって、また、別れることによって、世界が揺らぎ広がるのだと思い知らされました。
お酒を飲むようになってでないと、わからない、軽いようでずしりと重い切なさが、「嫁さんになれよ」というフランクな台詞によって、より感じられます。
とてもストレートな一首。
「あたたかさ」のような、ことばのギミックばかり求めていた高校の頃にはなんとも感じられませんでした。
しかし、ここまでストレートにうたうのは、容易なことではないですよね。
良いことでも悪いことでも取り繕ってしまいたくなるものですよね。
こんなまっすぐな歌を詠んでみたいものです。
上のものと同じく「また電話しろよ」とありますが、少し作者・俵万智さんの気持ちに違いがあるように思えます。
「いつもいつも」「命令形」から、恋人に対する小さな苛立ちを感じ取ったのも束の間、「愛」というこれまたまっすぐなことばが意表を突きます。
読んだ方によって感じられ方は変わるのでしょうが、私にはこの歌は「愛」という真っ向勝負なことばを使っておきながら、「好き」よりも「嫌いじゃない」がしっくりきます。ひねくれた感じがとてもかわいく感じられます。
タイトルにもなったこの一首。
俵万智の代表作と言っても、決して過言ではありません。
ふたり向き合う小さな食卓。
彩るは、半透明の大皿にみずみずしいサラダ。
「この味がいいね」というひとことから、
じゃあ、今日はサラダ記念日だね、
と、話し合う恋人が思い浮かびます。
サラダのように清く爽やかな食卓での一幕。
こんなふたりになりたいな、とどれだけの人を思わせたことでしょう。
先日、俵万智さん本人がこの歌の裏話についてお話しされている番組を見たのですが、
実は。
「この味がいいね」と言わしめた料理はサラダではなく、さらに、「7月6日」という日にちは全くのフィクションだそうです。
衝撃。びっくりですよ。
テレビ越しに話しかけましたもん。
ほんまにゆうてる?!?!
って。
「この味がいいね」の「この」が指すのは、実は、カレー味の鳥の唐揚げだったそうで。
唐揚げがサラダに変わったのは、(以下引用)
メインがおいしいよりサブがおいしいほうがより記念日にすることに意義があるんじゃないかと。ささやかなものがおいしい。でもそう言ってくれたことが記念日になるっていう方がより効果があるような気がして「サラダ記念日」いいんじゃないって思ったんですね。
と、きちんと計算がされた一首だったのです。
さらに、日にちについては、
サラダがおいしいっていうのは野菜に元気が出てくる季節かなと思って。6月とか7月初夏の感じ。7月の「し」の字、「し」っていう音とサラダの「サ」。S音が響きあうとすごくさわやかになるんですね日本語って。
と、並外れた表現の裏側をのぞかせてくれたあと、続いて、
七夕っていうのもちょっと思ったんですけれども、七夕とかバレンタインとかクリスマスイブが恋人の記念日ってのはみんなそうじゃないですか。そうじゃなくてなんでもない日が記念日になることに意義がある。じゃあ七夕の前日ぐらいが良いかなあって思って7月6日と相成りました。
たとえフィクション、嘘だとしても、
「この味がいいね」
「じゃあ今日はなんでもないけど記念日だ」
という、何気ない生活のなかの、残すべきノンフィクションを伝えるためのステキな嘘。
俵万智さんの、人への愛や豊かな感受性は、何度読んでも羨ましくて仕方ありません。
流されがちな日々の感情に、敏感でありたいと切に思わされる一冊。
俵万智『サラダ記念日』。名作です。
ぜひどうぞ。
加速度に負けじと、本日も書く練習。
過ぎていく週末。
小さくて大きな目標を立てた、そんな華の金曜日。